ブッダ基金の名前の由来

我々が支援するネパールは、釈迦(ブッダ)誕生の地として知られ、インドにほど近い生誕地「ルンビニ」はネパールの4つの世界遺産の一つである。
ネパール人の8割はヒンズー教徒であるが、宗教に関係なくネパール人にも日本人にも敬愛されている事から、両国の友好親善にとって相応しいということでこの名称となった。

ブッダ基金設立に至るまで

ブッダ基金の源流は1991年11月にネパール人青年J氏(当時22才)が開業医の山口医師を訪ねた所から始まった。
彼は、重症の感染性心内膜炎を発症し、高熱と敗血症そして心不全状態が続いていた。虫歯から菌が心臓に入って大動脈弁に住み着いてしまったのだ。
放置すると致命的な病気だ。山口医師の専門は心臓外科のため何とか助けたいと懸命の努力をした。
1992年1月浜松医療センターで人工弁置換術を受けてJ氏は助かり元気になった。
しかし、彼は滞在期間を過ぎオーバーステイだったため、名古屋の入国管理局に拘束され、1993年4月には強制送還となる。
1年分の薬は持たせて帰したものの、人工弁の合併症を心配して山口医師は、翌年5月にJ氏を往診するためネパールに渡航。
その後は毎年往診に行き、その度にネパールの歴史、民族、宗教、政治制度や貧困について学び考えるようになった。
何か自分に出来ることはないかと考え、収益性の高いわさび畑を作ろうと試みたが政治的混乱のため断念。
病院の必要性を痛感していた山口医師は、既に視察してあった病院候補地を決めるため友人を伴って2001年5月ネパールを訪問。
この際にジバンプール村(ダーディング地区)で第1回のヘルスキャンプを行った。
友人のラジェシュ・ラミチャーネ氏が準備し、日本の医大で学んだダルマ・シュレスタ医師も参加した。
帰国してから間もなく山口医師と友人が相談して、ネパール支援の組織を立ちあげることが決まり、2001年7月にブッダ基金の設立準備会、8月に第1回理事会が開催され設立趣意書、会則が承認された。
ネパールでも時を同じくしてブッダ基金ポカラ(BFP)がダルマ医師を会長として設立された。

NPO法人へ

ネパール支援の活動内容は、理事会で議論され
1. 医療支援の拠点病院を建設する
2. 教育支援として僻地の恵まれない子供たちを対象とした支援活動
3. 産業支援としてネパール産の資材を用いた製品を開発し販売
4. 女性の地位向上のための活動として保育所支援
などが当初の目的とされた。
その為には任意団体よりNPO法人にすべきとの意見が多く、2002年3月認可・登記された。
更に2005年3月1日認定非営利活動法人(NPO)として静岡県では第1号の承認を受け今日に至る。